Culture

  • 日本語

画家・廣田智代さんの作品と言葉。

2025/02/03

画家・廣田智代さんの作品と言葉。

Photo/
Natori Kazuhisa, Mori Kenichi
Text/
Sakai Yuji

ぱっと見ると、軽やかな筆致で、
感覚的に楽しい、
明るい色彩に満ちている。
けれどもじっと見ると、
奥ゆかしい妙味がひそんでいる。
これはなんだろう。
いわゆる“単純明快”とは異なる、
一朝一夕では到達できない境地では――。
そう思って訪れた、廣田智代さんのアトリエ。
そこで見聞きした、廣田さんの作品と言葉をご紹介します。

In a car

In a car
「車の窓を走る雨が、
小さな生き物みたいで子どもの頃から好きでした。
一見何が描かれているのかわからない、
描く側と見る側の認識のズレを表そうとした絵です」

廣田 智代さん

廣田 智代さん

ひろた・ともよ/1991年、熊本市生まれ。2016年、東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。在学中の15年より個展、グループ展を継続的に開催。油絵、水彩、版画などの作品制作のほか、絵画教室やオンラインでの作画指導を行う。東京在住。

心はずむ色と
かたちが、
私たちの日常に
あふれている。

 色とかたちが、喜んでいる――。初めて廣田さんの絵を目にしたとき、そんな印象を受けました。
 廣田さんの作品に編集部が出会ったのは、今年の初秋。熊本市中心部の上通にある老舗・長崎書店内にあるギャラリーでした。入り口に貼られたポスターの鮮やかな緑色に目をひかれ、立ち寄ったところ、足が止まりました。
 展示された絵それぞれの画面いっぱいに、光あふれる、明るく楽しい世界。たっぷりの余白も心地よさを感じます。
 けれども、しばらく眺めていると、それだけではない、静かで、ゆっくりとした感動が訪れました。不思議なことに、鮮やかな色彩で食べ物を描いた作品展にもかかわらず、枯淡ともいうべき興趣をおぼえたのです。
思い起こしたのは、福田平八郎、徳岡神泉、小野竹喬といった、大胆な単純化や省略や余白の美で知られた京都画壇の才英の絵。彼らが遺した花鳥画や風景画を連想させる、心の襞をそっと揺らすおだやかな風が吹いていました。
 これはなんだろう――。それを知るために、廣田さんの絵をもっと見たい。絵にまつわるお話を聞きたい。そう思った編集部は、10月下旬、廣田さんのアトリエを訪ねました。

廣田さんの手順

水彩で描く。次に油絵にする。
それが廣田さんの手順。

個展「コゲとあお」出品作

2024年秋に熊本で開催した個展「コゲとあお」出品作。

――廣田さんが絵を描きはじめたきっかけと経歴から、今日はうかがえますでしょうか?

廣田 子どもの頃に通った夏季限定の絵画教室です。何を描いてもほめてくれた先生のことを、夏の熊本の風景とともによくおぼえています。思えば、描くことをほめられ、どんな絵も肯定してもらえたことが、描き続けた理由の根底にあったのかもしれません。
 それ以来好きだった絵を本格的に学びはじめたのは、美術科のある高校に入学してからでした。東京藝術大学に進学した理由は、いいなと思う画家の多くが藝大で学んでいたこと、自由な校風が自分に合う気がしたことです。
 大学では、絵画にとどまらず、さまざまな技法や知識を学べたことで表現の幅が広がりました。また、価値観の多様さを知ることができたことは、あらゆる創作活動への敬意を深めてくれましたし、自分はこれでいいのだという励みにもなりました。
 卒業後、手に職をとパッケージデザインの仕事をしました。けれども、1年ほどで体を壊してしまいました。そのとき、自分がほんとうにしたいことは何かを見つめなおしたのです。そして、画業に専念すると決意しました。
 いまは、描くことと教えることの二足の草鞋で活動しています。教えることは、絵についての考えを言語化すること。そのことを通して、生徒さんと刺激を受け合ったり、私自身の表現を省みたりするよい機会にもなっています。

「描くのは早いほうかも。集中して一気に仕上げます」

「描くのは早いほうかも。集中して一気に仕上げます」

アトリエの周囲には、見上げるほどの大木や竹林。

アトリエの周囲には、見上げるほどの大木や竹林。

――好きな画家、影響を受けた画家はいますか?

廣田 福田平八郎(※1)、熊谷守一(※2)です。また、日本ではあまり知られていませんが、Milton Averyというアメリカの画家からも強い影響を受けました。
 三者に共通することは、自然や自分の暮らしのなかにあるものをモチーフにしていること。そこからシンプルな形を抽出して絵にしていること。色の選択が絶妙なあんばいであることです。
 さらに、どの絵にも通じるぶれない芯があること。背伸びをしないこと。そういったところにいまも刺激を受けています。

――描く題材は、どのように選ばれていますか?

廣田 取るに足らないものかもしれないけれども、記憶に残したいものを選んでいます。心はずむ色とかたちが、私たちの日常にあふれています。そのため食べることなど、日常の営みから題材を選ぶことが多いです。

「熊本で好きな場所は阿蘇と江津湖。心地よくて何度も足を運びました」
「熊本で好きな場所は阿蘇と江津湖。心地よくて何度も足を運びました」

「熊本で好きな場所は阿蘇と江津湖。
心地よくて何度も足を運びました」

――画家として仕事をする上で、必ず守ること、変えてはならないと考えていることはありますか?

廣田 食べること、寝ること、お風呂に入ることなど。きちんと生活することを大事にしています。私の場合、それがないと創作はうまくいきません。一日の過ごしかたも決まっていて、朝の10時までに家のことを済ませたら、午後4時頃まで制作をします。子育て中でもあるため、忙しいときは子どもを寝かしつけたあと、午後9時から11時頃まで仕事の続きをします。

Blow

Blow
「風が通り抜けるときの
気持ちよさを絵にできればと描きました。
息子に落書きされたのですが、
悪くなかったのでそのままにしました」

――熊本の長崎書店で作品展を開いたきっかけは?

廣田 書店からお声がけいただけたことです。私にとって長崎書店は、高校生の頃から繰り返し通った思い出のお店。資料を探したり、制作に行き詰まって気分転換に行ったり。料理本の選書が独特で、料理が好きな私はここで何冊も買いました。
 それと、7年前、手づくりの冊子とポストカードを置かせてもらったことがあります。どこに持ち込んでも相手にされない状態でしたが、長崎書店だけは興味を持ってくださり、販売に至ったことがありました。私にとって、絵を描くことをずっと支えてもらっている、かけがえのない場所です。出身地・熊本での展示でもあるので、自分の原点ともいえる「食」をテーマに描きました。

――これから取り組んでみたいテーマ、表現方法はありますか?

廣田 切り絵です。それと、鳥が好きなので、花鳥画を描いてみたいです。ほかには、機会があれば本の表紙や挿絵も手がけられたらと思っています。
 めざす表現もあります。私が画家として最も影響を受けた絵を一枚選ぶなら、福田平八郎の代表作「漣」です。画面にあるのは、青い線と余白のみ。これだけで、海の波とその音を、見る者に感じさせます。
 百年近く前の作品にもかかわらず、昨日描かれたかのように新鮮な絵。いつか私も、このような表現ができたらと創作を続けています。

 廣田さんが心奪われた、福田平八郎の〝余白〟の可能性。余白について、江戸時代の絵師・土佐光起は、画法書『本朝画法大伝』で次のように記しています。
 「白紙ももやうの内なれば心にてふさぐべし」
 白紙とは余白、もやうとは模様のこと。廣田さんのアトリエをあとにして、ふとこの言葉を思い起こしました。
 絵を描く者も見る者も、そこに想像力を膨らませ、自在に思い描くことができるのが、余白。廣田さんの作品から感じた味わいとは、その余白の向こうに、時代を超えていまに受け継がれる、私たち日本人の美意識の系譜を見る喜びだったのかもしれません。

Bathroom

Bathroom
「湯気を描かずに、
湯気が立ち込めるさまを表現する。
それがこの絵でめざしたことです」

Bicycle

Bicycle
「フェンス際に自転車が停まっていて、
その向こうは竹林。
どこか軽やかな情景に
おもしろさをおぼえました」

(本文注釈)
※1 福田平八郎(1892〜1974年)。大分県生まれ。写実的な表現から出発し、やがて対象を大胆に単純化、簡略化した画風に変貌。1961年、文化勲章受章。
※2 熊谷守一(1880〜1977年)。岐阜県生まれ。モリカズ様式と呼ばれる、明るい色調と、対象をはっきりした輪郭線で区切る描きかたが特徴。1967年、文化勲章辞退。

column

「やわらかい
線と色使い。
温度や空気感
が伝わります」

 2024年9月から10月にかけて、廣田さんの個展「コゲとあお」が、熊本市中心部にある長崎書店で開催されました。
 その展示を企画した同書店の佐藤美和さんは、「線のやわらかさ、色使いに、廣田さんの作品の魅力があると感じます」と語ります。
「どの作品も、描かれたものの温度や、それがある場所の空気感が、心地よく、ほほえましく伝わってくる気がします。
『コゲとあお』展では廣田さんの意向を受けて、食べ物の絵を並べました。眺めていると、それを食べる家族の息遣いや、食卓の様子など、それをめぐる風景が浮かんできました。多くの人の共感をよぶ絵だと思います」
 同展の好評を受けて、次回展も構想中とのことです。

個展「コゲとあお」

長崎書店

店舗情報

長崎書店

●所在地/〒860-0845 熊本県熊本市中央区上通町6-23

●営業時間/11:00〜19:00

●定休日/元日

●電話番号/096-353-0555

「pomodoro」(ポモドーロ)とは……「pomodoro」(ポモドーロ)とは……

 「熊本がもっとおいしくなる」をコンセプトに、熊本のグルメ情報や文化をお伝えするフリーマガジンです。年3回発行し、熊本市内の交通要所や観光名所等で配布しています。

 pomodoroは、トマトを意味するイタリア語。
 「トマトを始め、イタリア料理の食材と、熊本で採れる食材は共通するものが多い」と語るローマ出身者を始め、外国人スタッフ3名を擁する編集部が取材・執筆・編集しています。

 フリーマガジンとウェブ版である当サイトは、阿蘇の高森町に第二本社を置く出版社コアミックスが発行・運営しています。