台湾から
熊本へ。
熊本から
世界へ。
熊本で生まれ、親しまれてきた味千(あじせん)ラーメンはいま、
国内に67、海外に645店舗を展開(2024年12月現在)。
私たちが愛してやまない熊本ラーメンの味を、世界に伝えています。
創業者の重光孝治(しげみつ・たかはる)さんは、台湾生まれ。
15歳のとき海を渡り、九州へ。
熊本ラーメンの生みの親の一人と称えられる孝治さんは、
どのような人物だったのでしょうか?
重光産業副社長を務める長女の悦枝(よしえ)さんに聞きました。

Shigemitsu Takaharu

Shigemitsu Yoshie
「180センチ近い長身で体に厚みがあった父。
迫力がありました」と悦枝さん。
劉壇祥、15歳。
台湾から日本へ。
父の孝治が亡くなって、もう27年がたちます。国内外に展開する味千ラーメンを創業した人物であり、熊本ラーメンの礎を築いたといわれる父のことをお話しします。
父の出生地は台湾。南部の港町、高雄に近い村で生まれ育ちました。名前は劉壇祥です。やがて15歳になると、村長の子息とともに日本に渡ります。当時の台湾は日本の統治下にあったため、出入国の煩瑣な手続きなく、行き来することができたと聞いています。
船で宮崎県に着いた父は、熊本県に移り、いまの熊本大学工学部で学びます。若い頃からチャレンジ精神旺盛で、在学中に起業。卒業後は乾燥袋麺(インスタント麺)を製造する会社などを経営しました。しかし、大会社の下請け中心だったため、経営は安定せず、やがて倒産します。
社員や取引先が去ったうえ、信頼した仲間の借金保証人を引き受けたことにより借財を背負うなど、失意のどん底にあった父。見かねた母が、「ラーメン店でも開きましょうよ」ともちかけたと聞いています。母は、火の国で生まれ育った芯の強い人。夫はまだまだできる、一蓮托生でがんばろうと決意したそうです。母はいまも健在。「結婚したときは羽振りがよくて、あんな苦労するとは夢にも思わなかった」と、明るく笑って振り返っていました。
父は、台湾の料理に使われることの多かった、にんにくをラーメンに用います。それがやがて、熊本ラーメンの特徴の一つとなりました。ほかにも、熊本ラーメンに欠かせないキクラゲや煮卵のトッピングは、父が考案したといわれています。

「マー油」とよばれるたれ。
味千ラーメンのおいしさの源。

おいしいくて、体にやさしい。
そんなラーメンが味千の目標。

同じ豚骨ラーメンでも、
熊本は博多より麺が太めなのが特徴。
感謝と奉仕。
先義後利。
父は典型的な、昭和の仕事人間。職場で議論するだけでなく、自宅でも社員と語り合い、熱くなって大声で指導する姿をよく見かけました。家族にも厳しく、特に子どもたちの学業に対しては、生半可なことは許しませんでした。
そんな父が怖くて、なるべく顔を合わせないようにした時期もありましたし、自由を求めて海外へ飛び出しました。しかし、1996年、出店のための商談で出かけていた香港で父が吐血。医師の診断により、末期がんとわかったのです。
香港返還の前年であり、中国の飛躍的な経済発展が期待されたタイミングでの出店。そこにかける、父の思いの強さは、社員にも家族にも伝わっていました。

一度だけ父娘で出かけた旅行。1985年、中国。

いまも手元に残す、20歳の誕生日に贈られた時計。
父が生きているうちにと、みんなで力を合わせて香港出店に向けた準備を加速させる様子を見て、私も日本に帰り、父を支えようと思いました。そのとき父は、社員や私のことを案じながら、私の入社に関する手紙を書いています。いま読み返すと、創業者としての父の心の内に触れ、愛情の深さを感じ胸が熱くなります。
97年2月、父が亡くなり、弟の克昭が会社を継ぎました。社長が代わっても、味千ラーメンが大切にすることは変わりません。一つは、社是である感謝と奉仕。毎月22日にお得な価格でラーメンを提供する感謝デーは、その実践の一例です。22日なのは、夫婦で仲よくふぅーふぅーと一緒に食べ、おたがいに感謝し合うことで家族円満にとの、父の気持ちが込められています。
2つめは、先義後利。父がよく口にしていた、中国の思想家・孟子の言葉です。まずは義をわきまえ、義を尽くすことが大事。利益はそののちにやってくるもの。味千ラーメンが福祉施設への料理提供や、被災地での炊き出しを続けているのは、この父の教えの実践にほかなりません。フランチャイズ展開してくださる方のお店からいただくロイヤルティを、できる限り低く設定し、まずはその方が利益を得ることを優先するのも、先義後利かもしれません。
父が残した目標に、店舗数の1000店越えや、五大陸全土への展開、パリのシャンゼリゼへの出店があります。私たちの代で実現できるかわかりませんが、父の描いた大きな円の、その弧の一部となって、コツコツと歩みを進めていけたらと思っています。

