一歩入ると、その静謐な空間と味の虜になってしまう。
大切なあの人に味わってほしい。
そう思わせてくれる焼き菓子のお店が、ホテル日航熊本の裏手にあります。
そのお店、「ア クララ パステラリア」を営む荒尾大輔(あらお・だいすけ)さんに、お菓子とお店のこと、仕事に込めた思いを聞きました。

Pastel de nata de branco
1個 350円(税込)
パステル デ ナタ デ ブランコ。
ホワイトチョコレートと紅茶のフレイバー。冷やして食べても美味。
「パステル・デ・ナタは、よくエッグタルトにたとえられます。けれども、決定的に違うところがあり、それに気づくのに時間がかかりました」
東京で修行後、
熊本で独立。
熊本と東京で音楽制作をしていた荒尾さん。飲食店でのアルバイト経験があり、いずれ職業に選ぶならこの道をと考えていました。そんなとき、雑誌で知り、尊敬していたシェフのお店がスタッフを募集していると知り、応募。ポルトガル料理専門店「Cristiano’s(クリスチアノ)」での修行がはじまりました。
「東京の師匠のもとで料理を中心に学びました。ある時期からキッチンを任され、師匠の右腕として、隣で新メニュー開発も補佐しました」と、語る荒尾さん。
やがて、熊本で独立しようと帰郷。その直後に、コロナ禍にみまわれます。飲食店はどこも閉まっている、そんな状況下で、レストランは断念。途方に暮れましたが、修行したレストランのデザートを手がけていたこと、系列店であるエッグタルト専門店を手伝っていたこと、そしてお菓子好きであることを背景に、テイクアウト中心の菓子店をと思い立ちます。
とはいえ、本格的なお菓子づくりははじめてのこと。「想像を超える量の、学ぶこと、することがありました。今年に入るまでは、朝の3時にお店に入り、夜9時まで仕事をする日々でした。東京での修行時代、『こんなにキツイことはないだろう』と思っていましたが、自分のお店を持ったらもっと大変でした(笑)」
人知れぬ苦労には、お店の看板メニュー「パステル・デ・ナタ」のレシピづくりもありました。
「ナタのつくりかたは、門外不出。修行先の師匠も、一工程のみを私に伝えて任せただけで、決してレシピを教えませんでした」
そのため荒尾さんは、ポルトガルにあるナタ発祥の店「パスティシュ・デ・ベレン」をはじめ、同国の有名店を食べて回ります。お店によって味が違うことを知り、ならば自分なりのものをと、試行錯誤を重ねたそう。
「師匠にも試作を送りました。教えてはもらえませんが、感想は言ってくれました。それをヒントに、3年かけて仕上げていきました」
荒尾さんオリジナルのナタは、ほどよい甘みと、飽きのこない深い味わいのクリームと(今回いただいたものは紅茶の風味が口いっぱいに広がる)、そんなクリームとのマリアージュがたまらないサクサク具合が絶妙なパイ生地。
「パンデロー」も、このお店ならではの逸品。カステラの起源とも言われるパンデローは、しっとりとした食感に、ふんわりと卵の風味。しっかりしているけれども重すぎない食べ応え。品のよい甘さの生クリームとチョコレートに覆われ、新鮮な苺がのった姿もよく、ごほうびタイムを彩ってくれます。ほかにも、レモンケーキなど、食べ終わってしまうのが惜しくなる魅惑的な焼き菓子ばかりです。
「自分の仕事に
嘘があるのが嫌です」
お菓子づくりへの情熱と探求心が絶えない荒尾さん。新商品は、どのようにつくっているのでしょうか?
「とにかく勉強ですね。本を読み、食べに行き、気になったものを試しにつくります。包装も、勉強の日々です。失敗は多いです。そのたびにやり直し、ブラッシュアップしていく。その時間と手間を惜しむことはないですね。昨日までの自分を超えていきたいので」
質を生むほどの、膨大な量の仕事。それをこなし続けてきた荒尾さん。いまの心境を、次のように語ってくれました。
「仕事の時間以外は、不必要なものという認識でいました。けれども、心がどんどん窮屈になっていく感覚が出てきて。そんなとき、村上春樹の『スプートニクの恋人』を読み、救われた気持ちになりました。無駄と思っていたことが、実は必要なことであり、集中力を持続するためには自分のなかにあえて〝ゆるみ〟も入れたほうがよいと気づいたんです。そのため読書や語学、運動、作曲の時間を意識的に取るようになりました」
静謐な、このお店のたたずまいは、飾ることなく常においしさを求める荒尾さんの、姿そのものが表れている気がしてなりません。
「音楽をしていたからか、目に見えないものを感覚的にかけあわせていくことが好きですし、得意なんですよね。私はずっと、お店の雰囲気や味といった、見えないものを生む力を磨いているのかもしれません」
そう語れるまでに、どれだけの苦労と時間を要したことか、はかり知れません。けれども、どれほどのキツさも楽しみにとらえられる荒尾さんのマインドは、しなやか。
「きついけど楽しいですよね、毎日。嘘をつかず、曇りのない人生って楽しいと思うんです。自分に嘘をつかず、好きなものをつくって、お客さんに喜んでもらえて。それは幸せなことだと思っていて」
そう語る荒尾さんの熱いまなざしが心に焼きついています。
静かに、けれどもあふれ出る荒尾さんの情熱をまとったお菓子の数々。不思議と、慈しみにも似た感情が湧きあがるお店。日々進化し続けている「A clara pastelaria」から目が離せません。

Pan-de-ló de chocolate com natas
5,000円(税込)
パンデロー デ ショコラテ コン ナタ。
みずみずしい苺と、生クリームの甘さが絶妙なパンデロー。お祝いごとにあるとうれしい1ホール。
※季節によって内容は変わります。

ロゴの下のポルトガル語は、「犀(さい)の角のようにただ一人歩め」。心にとどめていた古典の言葉。

焼き菓子の種類は豊富。おもたせや自分へのごほうびに。貼ってあるシールも自作。

目を引くのは、生クリームとしっとり生地のコントラストの美しさ。ウキウキ気分が止まりません。

A clara pastelaria
お店の看板は、ポルトガルの伝統的なタイル様式アズレージョで、現地の職人の手で制作されたもの。

自家製シャルキュトリーのガレット
1drink セット/
2,400円(税込)
農園から直接仕入れた野菜も、自家製のハムも、家族を連れてきたくなるおいしさです。写真はコンプレ、ロースハムとウフマヨ。

苺のためのパフェ
1drink セット/
2,400円(税込)
果物は季節ごとに好きな農園へ買いにいくそう。苺はもちろん、すべての層が複雑に絡み合い、おいしさも倍増。パフェの器は特注品。花のような曲線が美しい。

ポルトガルワインも販売。スッキリフレッシュな味わい。

修行時代から荒尾さんに寄り添ってきたブレッドナイフ。

教会にあったベンチが置かれた店内は、静謐で清らか。

船串篤司(ふなくし・あつし)さんの食器。静かな存在感。

