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創業61年。「肥後路」の呉汁は、ひと味違う。

2025/12/10

創業61年。「肥後路」の呉汁は、ひと味違う。

Photo/
Mori Kenichi
Text/
Kurata Shuhei

水に浸した大豆をすりつぶし、味噌汁に入れる。それが呉汁。
日本の各地に伝わるこの素朴な料理を、格別においしく食べられるお店があります。
熊本城近くにある「民藝酒房 肥後路」です。
開店当時から人気だった呉汁へのこだわりを聞きました。

熊本の郷土料理
といえばの名店。

 11月。冷えた体の前に提供されたのは熱々の呉汁。一口飲むと、味噌のやさしい味わいが体に染み込みます。さらにすすると、ごろごろとした大豆が口内に流れ込み、その食感が楽しめました。具材は大豆と、油揚げ、わけぎの3つのみとシンプルな一杯。しかし、飲み進めるうちにその深い味わいに満足感をおぼえていました。
「お酒を飲んだ後にも締めとして飲めるように、他の具材は入れないんです」。そう語るのは「民藝酒房 肥後路」店主、丸野人(まるの・ひとし)さん。郷土料理が名物で、馬刺しをはじめ、一文字のぐるぐる、水前寺のりなど、熊本らしい料理をおいしいお酒とともに味わうことができます。扱う食材やお酒は熊本県産のみです。
 「お店を開いたのは1963年。叔母と祖母の二人でした。天草の旅館で中居をしていた叔母は、いつか熊本市内で自分のお店をと思っていました。その気持ちを知る、懇意にしていたお客様から、熊本城の近くがよいのではと言われ、ある日決心して祖母と店を開くことに。熊本を代表するお店にという思いで『肥後路』と名付けたそうです」

肥後路
なつかしい雰囲気を生むカウンターと食器棚

なつかしい雰囲気を生むカウンターと食器棚。

呉汁

呉汁。
素材は大豆、油揚げ、わけぎのみ。
506円(税込)。
※『肥後路』でのメニュー表記は「ご汁」

 天草にいる親戚が営む鮮魚店から、毎日魚を仕入れて提供。熊本市内で天草の食材が味わえると喜ばれ、お店は繁盛します。新鮮ないわしを食べられるため、いわしと呉汁の定食が人気でした。
 来店客は多く、やがて二人では手が回らなくなります。そこで声がかかったのが、東京で就職していた丸野さんの父・征孝(ゆきたか)さん。いまも厨房に立つ征孝さんに当時のことをたずねると、「料理に興味があったことに加え、姉からの頼みだったので、力になれたらと引き受けました。勤めていた会社は辞め、同じく東京にいた兄の家に世話になりながら、調理学校に通ったんです。放課後や卒業後、料理屋で修行しました」と答えてくれました。
 征孝さんは、開店から4年後に合流。当初は郷土料理中心ではありませんでしたが、県外の方の接待に熊本の料理をという要望が多く、徐々に増えていきました。

店主の丸野人さん(左)と征孝さん(右)

店主の丸野人さん(左)と征孝さん(右)。

器も、「肥後路」に
人が集まる理由。

 料理のみならず、器も「肥後路」の魅力です。店名にもある「民藝」は、民衆的工藝の略語。無名の職人が手がけた生活のための道具に美しさがあるとする考えかたに、征孝さんは深く共感しています。
 「兄が絵を描いているため、その影響で美術に興味がありました。いろいろ見ていくなかで、民藝の器に強くひかれました」。所有する器は、熊本の小代焼をはじめ、全国の窯元を巡り、収集したものです。

征孝さんがいちばん気に入っているお皿

征孝さんがいちばん気に入っているお皿。
惜しみなく、料理の器として用いられます。

 「これに料理をのせたい。そう思ったら買ってしまうんだよね。家族からは怒られもするけど」と語る征孝さん。ふだん使いができるかが大事と言う征孝さんが選んだお皿は、どれも過剰な装飾はなく、素朴ながらも料理が映えるものばかり。熊本の窯元が「肥後路」のために制作した酒器で飲むお酒は、おいしさもひとしおです。
 そんな「肥後路」も、征孝さんご夫婦の高齢化を理由に、店をたたもうと考えたこともありました。「でも、せっかくお客様がいるのに閉じてしまうのはもったいないと思ったんです」。そう語るご子息の人さんが、愛されてきたお店を残したいと、17年前お店を継ぎました。
 その頃、手間がかかるという理由で呉汁はメニューから外されていました。しかし、常連客の強い要望を受けて、再開します。呉汁は前日から大豆を一晩水に浸けておき、翌日その大豆をすり鉢ですりつぶします。「ミキサーでもできるんですが、そうすると大豆の食感が出なくなってしまうんですよね」(人さん)。手作業で行っているため、数は多くつくることができませんが、これにより、大豆の食感を存分に楽しめる、「肥後路」ならではの呉汁が生まれます。
 親しみやすさをおぼえるお人柄のお二人と話しながら、郷土料理と器を楽しむ。いわしの磯辺揚げや、がんもどきなど、人気メニューもおすすめです。熊本市内を観光した日の夜に、いかがでしょうか? 二軒目にもうれしいお店です。

馬刺し4種盛り

馬刺し4種盛り

クラシタ、ヒレ、フタエゴ、タテガミの4つの部位を味わえます。
1人前3,520円(税込)。

辛子れんこん

辛子れんこん

甘めの和辛子を使用。揚げたてを食べられます。
836円(税込)。

いわしの磯辺揚げ

いわしの磯辺揚げ

イワシをニラ、玉ねぎとつみれにして、海苔で包んで揚げたもの。
骨唐揚げは香ばしく、食感を楽しめます。
935円(税込)。

がんもどき

がんもどき

人参、しいたけ、銀杏、海老と豆腐が入った名物料理です。
605円(税込)。

column

熊本の
小代焼(しょうだいやき)を
知っていますか?

 熊本を代表する焼物が、県北西部に位置する小岱山の麓に窯元が集まる小代焼です。小岱山は鉄分の多い粘土が採取でき、奈良時代から焼物がつくられていました。小代焼の起こりは、文禄慶長の役。朝鮮半島に出兵した加藤清正が、現地の陶工を熊本に連れてきたことからはじまりました。
 小代焼の特徴を、陶工であり、熊本県民藝協会会長である井上泰秋さんに聞くと、「器に釉薬をつける際に、『打ち掛け流し』という技法を使うことにある」と教えてくれました。打ち掛け流しは、柄杓などを用いて釉薬をたらす方法。これにより、躍動感のある模様が生まれます。素朴な力強さを編集部員も感じました。
 釉薬に器を漬ける場合とは異なり、打ち掛け流しはそのつど模様が変わります。そのため、「小代焼は無限の美しさを秘めているんです」と井上さんは語ります。
 小代焼の窯元は、細川家の茶器をあつらえる一方で、庶民が使う食器やすり鉢などを手がけてきました。そんな小代焼は、現在でも手頃な価格で入手が可能です。

小代焼

画像提供:小代焼窯元の会

店舗情報

民藝酒房
肥後路

●所在地/〒860-0806

熊本県熊本市中央区花畑町11-35 森山8ビル1F

●営業時間/17:00-23:00

●定休日/不定休

●電話番号/096-354-7878

●instagram/higoji_kumamoto

「pomodoro」(ポモドーロ)とは……「pomodoro」(ポモドーロ)とは……

 「熊本がもっとおいしくなる」をコンセプトに、熊本のグルメ情報や文化をお伝えするフリーマガジンです。年3回発行し、熊本市内の交通要所や観光名所等で配布しています。

 pomodoroは、トマトを意味するイタリア語。
 イタリア料理の食材と、熊本で採れる食材は共通点が多いことから名付けました。

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