秋の大祭おくんち祭や、結婚式、お宮参り。
特別な日の記憶とともに、球磨・人吉で受け継がれてきた
郷土料理に、つぼん汁があります。
この土地の料理を未来に残せたらと、
農村レストラン「ひまわり亭」を運営する本田節さんに、
地元の料理のこと、ご自身の思いを聞きました。


本田 節さん
ほんだ・せつ/37歳の時に、1年間ガンで療養生活を送り、命の原点である食を見つめ直す。1998年に郷土料理の研究やお弁当の宅配ボランティアを行う「ひまわりグループ」を立ち上げる。農村レストラン「ひまわり亭」や、食・農・人の総合研究所「リュウキンカの郷」を設立。伝統的な食文化の継承や、食を通じた地域振興に取り組む。

食材はできるだけ無駄にしない、
捨てないが信条。

本田さんたちの合言葉
「Mottainai」は、Tシャツにも。
お祭の日の
汁料理。
10月上旬、9日間かけて行われる、国宝・青井阿蘇神社のおくんち祭。祭のために、遠方から帰ってきた親戚を迎えるため、各家庭で秋の味覚として用意したのがつぼん汁でした。「私が物心ついたときには、毎年おくんち祭が近づくと、祖母や母が赤飯やお煮しめと一緒に、つぼん汁の支度をしていました」。本田節さんは、思い返しながらそう語ります。

おくんち祭の山場、神幸式(しんこうしき)。
「おぼつかない足取りで一生懸命歩く
子どもたちを見ながら、数年後、大人に
なって神輿を担ぎ、しっかりとした
足取りで人吉を巡る姿を想像しました」。
撮影した熊本の写真家・内村友造さんの言葉。
郷土料理を提供する農村レストラン「ひまわり亭」の代表を務める本田さん。37歳のときにガンを患い、1年間の療養生活を送ります。思うに任せぬ体をかかえながら、本田さんが実感したことは、命があればどんなことでもできる、ということ。そして、「命の原点は食。食について見つめ直そう」と考えました。
その頃、同じ球磨地方の湯前町で、「もったいない」をスローガンに、食を通した地域振興を実践していた山北幸さんのことを知り、感銘を受けます。山北さんは、規格外のものや、摘果(間引き)され廃棄される予定だった野菜を漬物に加工する組合を結成。観光客や県外への販売を通して、地元の主婦の経済的な自立を支える仕組みを整えていました。
その活動に学び、自分たちにもできることをはじめようと、本田さんは主婦の仲間とともに、お年寄りへのお弁当の宅配をはじめます。やがて1998年、「ひまわり亭」をオープンしました。
「この地域には、山があり、球磨川があります。そんな土地の恵みを食材とし、いただく。その途方もない繰り返しが、食文化をかたちづくってきました」。食文化は料理をし、食べてもらうことで伝わる。そして、そのことは土地の魅力を発信することにつながる。そういった思いで、本田さんは生まれ育った球磨・人吉で、料理をつくり続けています。
また、「苦しくても、人は食によって元気になる。療養の日々に、そのことを実感しました」と語る本田さんは、2020年に人吉地方に水害が起きたときや、24年の能登半島地震の際、キッチンカーを走らせ、炊き出しを行ったそうです。


つぼん汁とともにいただいたのは、
球磨川で釣られ、球磨焼酎を使って煮付けた鮎や、
野菜のお煮しめが並ぶ、郷土料理の定食。
料理に生きる、
「もったいない」の心。
そんな本田さんが、つぼん汁をつくる様子を見せてもらいました。
「このあたりでも昔から、九という数がいちばん縁起がいいとされてきました」と本田さん。そのため材料は、にんじん・しいたけ・ちくわ・かまぼこ・こんにゃく・ごぼう・里芋・揚げ豆腐・地鶏の9種類。古来からおめでたい色である紅白のにんじんやかまぼこ、地にしっかりと根をはるごぼう、家族の繁栄を願う里芋など、それぞれに幸福の願いが込められているといいます。
具材はすべて、小さな1センチ角に切り揃えます。これには、火の通りかたを均等にするとともに、他の料理に用いて余った切れ端も入れて使い切るようにしてきた、先人の営みがあるといいます。「食材を無駄にしない、“もったいない”の心を感じます。ごぼうやしいたけを戻した汁も、出汁として使います」
できあがったつぼん汁をいただきました。木をくり抜いたつぼに汁を入れたことから、「つぼの汁」が転じてつぼん汁の名がついたそうです。澄んだ汁に口をつけると、柑橘の爽やかな香りと、ピリリとした辛味を感じます。「柚子と青唐辛子から、節さんが自分でつくった柚子胡椒が入っています」と、お店のスタッフの方が教えてくれました。
その辛味が引いたあとには、ごぼうの土の香りと、しいたけや地鶏など、食材からでた出汁の味わいが、次々に口のなかに広がります。シャキシャキしたごぼうに、とろりとした揚げ豆腐、弾力のあるこんにゃく。同じ大きさに切り揃えられることで、食感の違いが際立ちます。
一杯の汁のなかに、
故郷の物語がある。
「球磨・人吉の人々が大切にする、青井阿蘇神社のお祭のときに、帰省する家族を迎えて一緒に食べたのがつぼん汁です。この一杯に、故郷への思いや、家族への愛が詰まっています」
年に一度、この土地に家族が集まり、この汁を飲んで特別な日を祝う。そのしきたりと、土地の恵みのありがたさがはぐくんだ“もったいない”の心をいまに伝える。そんなつぼん汁は、球磨・人吉の料理のなかでも、象徴的なものと本田さんは語りました。冬を迎える人吉で、あなたにも食べてもらいたい。ほかにはない郷土料理です。

農村レストラン ひまわり亭

お店のシンボル、伝統的なおもちゃの「キジ馬」。
2020年の洪水被害で流されたものの、
後に海で見つかりお店に戻されたという。

店のそばを流れる球磨川。
暴れ川と畏怖される一方、
川の恵みを人々にもたらしてくれる。


