熊本県山鹿市に、
人気のスープ専門店があるのはご存知ですか?
自前の畑で採れた新鮮野菜で
ていねいにつくるスープが話題を呼び、
県内外から多くのお客さんが訪れています。
田園にある、のどかなそのお店「東風日和」は、
築100年以上の古民家を改装したもの。
絵本から飛び出してきたようなオシャレな店内に、
これまた絵本に出てくるような素敵な料理人たちが、
スープをコトコト、まぜまぜして、
愛情たっぷりに一皿一皿注いでくれます。
さあ、おとぎ話のような
スープ屋さんの世界を、一緒に眺めてみましょう。

山鹿和栗のポタージュ。
2,000円(税込)。
栗、たまねぎ、生クリーム、牛乳、塩で
仕上げたミルキーなスープ。
新鮮な野菜は
実家の畑から。
取材当日。お店を訪れる前に、オーナーの山部絵理さん自慢の畑を見せてもらいました。畑は、お店のある山鹿から車で1時間ほどの場所にあるご実家。山部さんのお母さんが手がけていらっしゃるというのです。「食材の安全は大事だなと思っています。やっぱり実の母が手塩にかけて育ててくれたものは、安心感が違います」と山部さん。
この日は、カブや白菜など冬野菜を収穫していました。朝採れの野菜に日があたるとキラキラと輝いて、思わずごくんと喉が鳴るのを感じます。山部さん曰く「切った瞬間、野菜自体がパンって割れるようなみずみずしさ」だそうです。
なぜこの野菜たちがこんなにもおいしそうに感じるのか。取材していくと、その秘密がわかってきました。
お母さんのために山部さんのお父さんがトラクターで畑を耕し、草取りを行い、畑をきれいに保とうとしています。それはすべてお母さんの笑顔のため。お母さんは食べる人のために無農薬栽培に徹し、彩りや形にこだわり、同じ野菜でも栽培する時期をずらして新鮮な野菜を山部さんに提供できるよう気を遣っています。そして、山部さんは「この子は今日出してあげたいな。この子は明日かな」と野菜に向き合い、対話して、その日使う分だけ収穫。お客さんを喜ばせるために、車いっぱいに積んでお店に向かいます。
ここでは生産効率よりも、人への思いやりが優先されている。そのことが、食べる人が喜ぶおいしい野菜づくりにつながっていると感じました。

今日採れた野菜は、白カブ、赤カブ、白菜、大根、オクラ、金時にんじん、カラシナ、レタス、トマト、しいたけ、など。

自生しているイタリアンバジルを手摘み。スープに入れると、風味にアクセントを加えてくれるそうです。

阿蘇五岳が見下ろす実家の畑。小ぶりの野菜も刻んでスープに混ぜたり、プレートの彩りに使ったりします。

阿蘇市にある実家の畑で野菜を収穫する山部絵理さん。無農薬にこだわり、畑の消毒や虫除けは酢で行う。いまも畑仕事をする71歳のお母さんは漬物やドレッシング、柚子胡椒も手づくりするとか。
飲むと体は満たされ、
心が軽くなる。
野菜の取材でいい感じにお腹が空いたところで、いよいよ店舗にてスープを実食。まずは、この時期(取材は11月)おすすめの「山鹿和栗のポタージュ」をいただきました。ひとすくいして感じる栗の香り。口に入れた瞬間、衝撃が走りました。甘く、コクがあり、身体の芯まで温まるおいしさ。栗のホクホク感とクリーミィなスープが舌を覆います。実は全国でも有数の栗の名産地として、西日本一の栗の生産量を誇る山鹿市(※)。山鹿和栗は、県外の有名ホテルや菓子店でも使用される特産品です。それを煮込んだ贅沢なポタージュは、これを目当てに県外から訪れる人がいるほど人気とのことです。
続いて、その日にお母さんの畑で採れた野菜を使った「トマト丸ごと浮かべたかぼちゃのポタージュ」をいただきました。トマトはオーブンでじっくり焼いたもので、+200円で好きなスープにトッピングすることができます。かぼちゃの甘さにトマトの酸味が加わり、さっぱりなのにしっかりした味わいに。焼きトマトの香ばしさも相まって、すぐにペロリと完食してしまいました。
最後に、畑の野菜をたっぷり味わえる「海と森と町のパン屋さんのスープ」をいただきました。こちらは、近所のパン屋さんが焼き上げたブール(丸いフランスパン)に、えびやいかなどのクラムチャウダーの具材が入っています。周りに並ぶ色とりどりの野菜は、その日採れたてのもの。クラムチャウダーのやさしい味わいと、オードブルのような食べ応えに体は満たされ、心が軽くなるようでした。
(※)農林水産省の令和4年産果樹生産出荷統計および令和4年産熊本県果樹振興実績による情報

トマト丸ごと浮かべたかぼちゃのポタージュ。2,050円(税込)。
かぼちゃ、たまねぎ、バター、生クリームで仕上げた甘いポタージュ。

海と森と町のパン屋さんのスープ。2,300円(税込)。
魚介のクラムチャウダーがパンと野菜に合う。
スープ一杯に込めた
いっぱいの愛情。
「東風日和」のインスタグラムには、山部さんの思いが綴られています。その多くは家族や、介護や子育て中の女性に宛てたもの。「疲れた時に思い出してくださいね」と、元気を届けたい方へのメッセージであふれています。たくさんの言葉を発信するようになった背景には、山部さんの半生が関わっていました。
阿蘇で生まれた山部さんは、結婚して山鹿にきました。人と関わりながら生きていけたらとの思いから、元々デザインを勉強していた山部さんは2012年、作家さんのお洋服や小物を扱う雑貨屋さんを開きます。13年には弟と従姉妹の3人でカフェを併設。子どもをおんぶしてお店に出ていました。子どもが熱を出して急遽休むこともあり、大変な日々が続きますが、人との出会いや交流する喜びが山部さんを励ましました。しかし、20年、コロナ禍のなか、やりかたを見直す時期だと感じ、雑貨&カフェのお店の幕を閉じます。
店じまいしたのち、「これから私に何ができるかな」と考えた山部さんの心に、亡くなった夫の姿や言葉がよぎりました。抗がん剤治療で食べ物の味がわからなくなった夫は、グルメ番組や唐揚げのCMを目にすると、「食べたい食べたい」と泣いていたそうです。胸を締めつけられる記憶がよみがえりましたが、病気で苦しんでいる人にも、スープなら「おいしい」と飲んでもらえ、元気を届けられるのではと思ったそうです。
山鹿発のスープ専門店は、こうしてスタートしました。21年5月21日、「東風日和」がオープンした日のインスタグラムには次のように書かれています。
「私達はもう、無理はしない。それがきっとお客様にもゆっくり優しい時間になるから。そして、しっかりと足と心をふんばって、誰かの役に立てる、そんなお店にしていきます」
今日も「東風日和」はやさしくコトコト、スープを煮ています。飲む人の元気と幸せを願って。

元は診療所だった店内。物件に立ち寄った際、縁側の風が心地よく、温かさを感じたそうです。

手間ひまは愛情。
それはそのままスープに込められる。
そう念じながら、山部さんは阿蘇と山鹿を行き来します。

