熊本から長崎にかけて九州4県に接する有明海。
日本一の潮の干満差を誇るこの遠浅の海で育つ、有明海苔を使った熊本銘菓「風雅巻き」に秘められた、養殖業者たちの物語をご紹介します。
ほかにはない
口どけ、味わい。

風雅巻き
各種6〜10本入りで843円(税込)。
「醤油ピスタチオ」のみ951円(税込)。

「風雅巻き」中身の食材は5種類(大豆、カシューナッツ、ピーナッツ、ピスタチオ、あられ)。
豆菓子を海苔で巻いたシンプルな見た目ですが、奥深い味わいの風雅巻き。巻かれているのは有明海苔で、食べてみるとパリッとした食感の直後に口のなかでとろけ、上品な磯の香りが鼻に抜けていきます。そして海苔の豊かな風味が口いっぱいに広がり、味つけされた豆菓子が風味と調和するように存在感を増していきます。バリエーションも豊富で、「醤油大豆」や「塩カシューナッツ」、「梅ピーナッツ」など9種類。そのすべてが有明海苔との相性を前提に発案されており、まさに有明海苔を味わうための逸品です。
「有明海苔は、歯切れのよさ、口どけ、味わい、どれをとっても一級品。これほどの品質は、他の産地にはないと思いますよ」
そう語ってくれたのは、風雅巻きを販売する「風雅」の社長・塚田利郎(49)さん。有明海苔は質の高さから、国内において国産海苔の約6割を占めるほど流通しており、九州以外のスーパーや飲食店でも、「有明海苔」の名を冠した商品を目にするほどブランド化しています。その先駆けとして、風雅巻きは40年前に発売されました。以来、中身の食材や味つけのバリエーションを増やしながら、徐々に口コミで評判が広がり、いまでは熊本を代表する銘菓の一つとして定着しています。

のりトースト 495円(税込)

プレミアム海苔ドレッシング 994円(税込)
無添加にこだわったドレッシングは、南小国の料理人・菱江隆(ひしえたかし)さんが監修しています。
「風雅」では、風雅巻き以外にも焼海苔やドレッシングなど、有明海苔を使った商品を幅広く手がけています。有明海苔といっても産地によって品質にばらつきがある上、天候や養殖環境の影響を受けやすい繊細な食材です。そのため品質のよいものをそろえるには色合いや手触り、光の照り具合など仕入れの際の目利きが重要だと塚田さんは話します。そんな塚田さんから取材中、驚きの情報が飛び出しました。
「2023年は史上最高価格で有明海苔を落札したんですよ。1枚に換算すると555円になりますね」
塚田さんによると通常有明海苔の落札額は1枚20円前後。つまり28倍近くの高値がついたことになります。その海苔が養殖されたのは、熊本市の北西部・河内町にある塩屋漁港。ここで養殖された海苔は風雅巻きにも使われています。現地を取材してみると、漁港がたどった苦難の歴史と、それにあらがった養殖業者の熱い思いを知ることができました。

「風雅」の2代目社長の塚田利郎さん。
塩屋地区近海で
育まれる有明海苔。
塩屋漁港から船で5分ほどの海上。長年、有明海苔の養殖に携わる猿渡昇さん(50)に連れられ養殖場を目指していました。すると、編集部員が見つめる海面に一瞬、魚とおぼしきピンク色の生き物の姿が。
「スナメリですよ。めったに姿を見せないから運がいいね」
スナメリはイルカの仲間で、エサが豊富な海に多く生息していることから、「豊かな海の象徴」ともいわれます。塩屋漁港近海は河内川の河口に位置し、山々から栄養豊富な伏流水が流れ込む漁場。この恵まれた環境で有明海苔は養殖されています。
海苔の畑ともいえる養殖場には、長さ5mほどの支柱が等間隔で約1kmに渡って立ち並び、支柱の間に張った網の上で海苔が育てられています。これは支柱式養殖といい、潮の干満差が6mにもなる有明海ならではの伝統的な養殖方法です。満潮の際は海中に、干潮の際は空中に海苔がさらされることで、病気にかかりにくく丈夫な海苔を育てることができるといいます。
「潮の具合によって網の高さを調整したり、海苔が乾燥しすぎないよう水をかけに行ったり、いい海苔を育てるには手間がかかるんですよ」と話す猿渡さん。塩屋漁港では糸状体という海苔の胞子の培養から育成・収穫、加工まで一貫して生産者が行います。海の豊かさだけでなく、生産者の手間と苦労があってこそ極上の有明海苔が出来あがるのです。しかし10年ほど前まで、塩屋漁港の海苔養殖業は風前の灯だったといいます。猿渡さんは当時をふり返りこう話します。
「ここの海苔は三流品と見なされて安値でしか売れず、みんなアルバイトをしないと食べていけないような状況だったんです」
夜明けを信じて……。
生産者たちの奮闘。
猿渡さんが家業の海苔養殖に取り組み始めたのは24歳のとき。当時、塩屋地区では60世帯ほどが海苔の養殖を営んでいました。かつて海苔は「黒い札束」と呼ばれるほど高級品として扱われていましたが、高値で取引されるのは加工設備が整った一部の産地のみ。塩屋地区の海苔は安価で取引されていたため、加工設備をそろえる元手がない集落の人々は養殖の合間にアルバイトをしなければならないほど追い詰められていたといいます。
「親も子供に苦労させたくないから家業を継がせない。そうやって塩屋の海苔養殖はどんどん下火になっていったんです」
座して待つだけでは何も変わらない、そんな思いから猿渡さんをはじめとした若手はお金を出し合い、全国の商社を訪問しはじめます。どんな海苔が市場で求められているのか、買い手の意見を聞いて養殖に活かし、海苔の品質を少しでも上げるためです。そのとき猿渡さんは30代後半。塩屋地区の生産者は15世帯ほどにまで減っていました。商社訪問を繰り返しては養殖法や加工技術を改善する時期が5年ほど続いたある日、塩屋地区の未来を変える人と出会います。その人こそ、「風雅」の社長・塚田さんでした。
「塩屋の海苔を高値で買ってくれたんです。うれしいというより、身が引き締まる感覚でした。これから先、社長の期待を裏切る品質の海苔は絶対つくってはいけないなと」

史上最高落札額の
有明海苔を
養殖した猿渡昇さん。
塚田さんは猿渡さんに、「いつか塩屋の海苔を日本一にしよう」と語ったといいます。それから10年。試行錯誤を繰り返し、2023年、塚田社長の言葉は現実のものとなりました。
人手不足や市場規模の縮小など様々な要因により、日本の第1次産業は岐路に立たされています。しかし、その一方で逆境に立ち向かい、活路を見出そうと努力する人々もいます。風雅巻き、そして有明海苔を味わう際、彼らの来し方に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

塩屋地区のブランド海苔
「塩屋一番 恵比寿焼海苔」。

毎年一人1,000本以上の支柱を立ててつくる養殖場。

網を張ってから約35日で最初の収穫(初摘み)が行われます。

収穫の最盛期は12月〜2月。

摘みたての海苔はぷるんとした手触り。

塩屋地区では9世帯が有明海苔の養殖業を営んでいます。

