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冬めく頃。つぼん汁に、私たちのふるさと、人吉が見える。

2025/12/26

冬めく頃。つぼん汁に、私たちのふるさと、人吉が見える。

Photo/
Uchimura Yuzo,Mori Kenichi
Text/
Nakazawa Hanzo

秋の大祭おくんち祭や、結婚式、お宮参り。
特別な日の記憶とともに、球磨・人吉で受け継がれてきた
郷土料理に、つぼん汁があります。
この土地の料理を未来に残せたらと、
農村レストラン「ひまわり亭」を運営する本田節さんに、
地元の料理のこと、ご自身の思いを聞きました。

つぼん汁

本田 節さん

本田 節さん

ほんだ・せつ/37歳の時に、1年間ガンで療養生活を送り、命の原点である食を見つめ直す。1998年に郷土料理の研究やお弁当の宅配ボランティアを行う「ひまわりグループ」を立ち上げる。農村レストラン「ひまわり亭」や、食・農・人の総合研究所「リュウキンカの郷」を設立。伝統的な食文化の継承や、食を通じた地域振興に取り組む。

信条

食材はできるだけ無駄にしない、
捨てないが信条。

「Mottainai」

本田さんたちの合言葉
「Mottainai」は、Tシャツにも。

お祭の日の
汁料理。

 10月上旬、9日間かけて行われる、国宝・青井阿蘇神社のおくんち祭。祭のために、遠方から帰ってきた親戚を迎えるため、各家庭で秋の味覚として用意したのがつぼん汁でした。「私が物心ついたときには、毎年おくんち祭が近づくと、祖母や母が赤飯やお煮しめと一緒に、つぼん汁の支度をしていました」。本田節さんは、思い返しながらそう語ります。

神幸式

おくんち祭の山場、神幸式(しんこうしき)。
「おぼつかない足取りで一生懸命歩く
子どもたちを見ながら、数年後、大人に
なって神輿を担ぎ、しっかりとした
足取りで人吉を巡る姿を想像しました」。
撮影した熊本の写真家・内村友造さんの言葉。

 郷土料理を提供する農村レストラン「ひまわり亭」の代表を務める本田さん。37歳のときにガンを患い、1年間の療養生活を送ります。思うに任せぬ体をかかえながら、本田さんが実感したことは、命があればどんなことでもできる、ということ。そして、「命の原点は食。食について見つめ直そう」と考えました。
 その頃、同じ球磨地方の湯前町で、「もったいない」をスローガンに、食を通した地域振興を実践していた山北幸さんのことを知り、感銘を受けます。山北さんは、規格外のものや、摘果(間引き)され廃棄される予定だった野菜を漬物に加工する組合を結成。観光客や県外への販売を通して、地元の主婦の経済的な自立を支える仕組みを整えていました。
 その活動に学び、自分たちにもできることをはじめようと、本田さんは主婦の仲間とともに、お年寄りへのお弁当の宅配をはじめます。やがて1998年、「ひまわり亭」をオープンしました。
 「この地域には、山があり、球磨川があります。そんな土地の恵みを食材とし、いただく。その途方もない繰り返しが、食文化をかたちづくってきました」。食文化は料理をし、食べてもらうことで伝わる。そして、そのことは土地の魅力を発信することにつながる。そういった思いで、本田さんは生まれ育った球磨・人吉で、料理をつくり続けています。
 また、「苦しくても、人は食によって元気になる。療養の日々に、そのことを実感しました」と語る本田さんは、2020年に人吉地方に水害が起きたときや、24年の能登半島地震の際、キッチンカーを走らせ、炊き出しを行ったそうです。

郷土料理の定食
郷土料理の定食

つぼん汁とともにいただいたのは、
球磨川で釣られ、球磨焼酎を使って煮付けた鮎や、
野菜のお煮しめが並ぶ、郷土料理の定食。

料理に生きる、
「もったいない」の心。

 そんな本田さんが、つぼん汁をつくる様子を見せてもらいました。
 「このあたりでも昔から、九という数がいちばん縁起がいいとされてきました」と本田さん。そのため材料は、にんじん・しいたけ・ちくわ・かまぼこ・こんにゃく・ごぼう・里芋・揚げ豆腐・地鶏の9種類。古来からおめでたい色である紅白のにんじんやかまぼこ、地にしっかりと根をはるごぼう、家族の繁栄を願う里芋など、それぞれに幸福の願いが込められているといいます。
 具材はすべて、小さな1センチ角に切り揃えます。これには、火の通りかたを均等にするとともに、他の料理に用いて余った切れ端も入れて使い切るようにしてきた、先人の営みがあるといいます。「食材を無駄にしない、“もったいない”の心を感じます。ごぼうやしいたけを戻した汁も、出汁として使います」
 できあがったつぼん汁をいただきました。木をくり抜いたつぼに汁を入れたことから、「つぼの汁」が転じてつぼん汁の名がついたそうです。澄んだ汁に口をつけると、柑橘の爽やかな香りと、ピリリとした辛味を感じます。「柚子と青唐辛子から、節さんが自分でつくった柚子胡椒が入っています」と、お店のスタッフの方が教えてくれました。
 その辛味が引いたあとには、ごぼうの土の香りと、しいたけや地鶏など、食材からでた出汁の味わいが、次々に口のなかに広がります。シャキシャキしたごぼうに、とろりとした揚げ豆腐、弾力のあるこんにゃく。同じ大きさに切り揃えられることで、食感の違いが際立ちます。

一杯の汁のなかに、
故郷の物語がある。

 「球磨・人吉の人々が大切にする、青井阿蘇神社のお祭のときに、帰省する家族を迎えて一緒に食べたのがつぼん汁です。この一杯に、故郷への思いや、家族への愛が詰まっています」
 年に一度、この土地に家族が集まり、この汁を飲んで特別な日を祝う。そのしきたりと、土地の恵みのありがたさがはぐくんだ“もったいない”の心をいまに伝える。そんなつぼん汁は、球磨・人吉の料理のなかでも、象徴的なものと本田さんは語りました。冬を迎える人吉で、あなたにも食べてもらいたい。ほかにはない郷土料理です。

農村レストラン ひまわり亭

農村レストラン ひまわり亭

「キジ馬」

お店のシンボル、伝統的なおもちゃの「キジ馬」。
2020年の洪水被害で流されたものの、
後に海で見つかりお店に戻されたという。

球磨川

店のそばを流れる球磨川。
暴れ川と畏怖される一方、
川の恵みを人々にもたらしてくれる。

column

球磨・人吉で
愛される国宝・青井阿蘇神社。

 人吉の市街中心部に近く、球磨川のほとりに鎮座する青井阿蘇神社は、約1200年前、重陽の節句である旧暦9月9日に、阿蘇を開拓した神様である健磐龍命(たけいわたつのみこと)と、その妃と子どもの三柱を御祭神として創建。それを祝い、毎年10月に9日間かけて行われているのが、この神社の大祭おくんち祭です。「人吉の人々にとっては、祭だけでなく、お宮参り、七五三、結婚式など、人生の節目節目で訪れる、地域の暮らしに根ざした神社」だと、本田さんは言います。
 参拝すると、境内には昭和初期の食器が飾られていました。「水害で解体された蔵にあったものを、『捨てるのはもったいないから』と持ち主の方が持ってきてくださいました」。そう教えてくれたのは、禰宜(ねぎ)を務める尾方恵一郎さん。「もったいない」の精神が、神社の一隅にも息づいていました。

青井阿蘇神社

column

球磨焼酎が気になる方へ。
いま稼働する全蔵元の
銘柄が揃うバーが
熊本市内にあります。

球磨地方といえば、約500年前からつくられてきたという球磨焼酎が有名です。球磨焼酎酒造組合によると、現在でも26の蔵元が、地元の米と水で蒸留を続けています。
いま稼働する全蔵元の銘柄を味わえる専門バーが熊本市内にあります。マスターの案内を受けながら、伝統の焼酎を味わってみてください。
69spirits

69spirits(ロックスピリッツ)
●所在地/〒860-0808 熊本県熊本市手取本町2-7 和光ビル地下
●営業時間/19:00〜25:00(目安)
●不定休

 

熊本名物・球磨焼酎。200種類以上が集う、 唯一無二の専門バーへ行ってみませんか?

店舗情報

農村レストラン ひまわり亭

●所在地/〒868-0075 熊本県人吉市矢黒町1880-2

●営業時間/11:30〜14:30

●定休日/年末年始

●電話番号/0966-22-1044

※最低人数10名からの完全予約制。2,200円(税込)のランチのみの提供。

●Webサイト/農村レストラン&農泊 ひまわり亭

「pomodoro」(ポモドーロ)とは……「pomodoro」(ポモドーロ)とは……

 「熊本がもっとおいしくなる」をコンセプトに、熊本のグルメ情報や文化をお伝えするフリーマガジンです。年3回発行し、熊本市内の交通要所や観光名所等で配布しています。

 pomodoroは、トマトを意味するイタリア語。
 イタリア料理の食材と、熊本で採れる食材は共通点が多いことから名付けました。

 フリーマガジンとウェブ版である当サイトは、阿蘇の高森町に第二本社を置く出版社コアミックスが発行・運営しています。